第一回:代謝の冗長性がもたらす放線菌の高い抗生物質産生能と環境適応

二年以上放置していたブログですが,書きかけの記事があり,二年前の私の考えていたことがわかって面白いのでそのまま公開することにしました.

気が向いたら残りの部分の解説も書きます.

 

 

 

以下書きかけ論文解説

 

 

 

ブログの最初の記事を何にすべきか少々悩んだが,「習うより慣れよ」ということにして色々トライしてみようと思う.

そういうわけで,記念すべき一回目は,大学での私の研究テーマに近いものである「代謝経路の冗長性が Streptomyces 属菌の代謝の頑健性をなし,抗生物質産生を促進する」というものである.

 

原著論文は以下のものである.

mbio.asm.org

 

では論文の内容を紹介したい

 

 

背景

ペニシリンは,アレクサンダー・フレミングにより発見された最初の抗生物質として有名である.

彼はこの功績を称えられノーベル医学・生理学賞を受賞したが,早くも受賞講演において,抗生物質が細菌に対する選択圧になりうること,したがって早晩耐性菌が出現し,それが人類の脅威となりえることを予見した.

その後,1960 年前後にかけ抗生物質探索の「ゴールドラッシュ」が訪れ,現在使用されるような多くの抗生物質が発見されたが,以降は研究開発が下火となり,上市されるメジャーな抗生物質の数は近年劇的に落ち込んでいる.

世界屈指のグローバルメガファーマである Novartis が抗生物質の研究開発から撤退を表明したことは記憶に新しい.

www.bloomberg.com

 

一方でフレミングの予言通り,耐性菌は着実に増え,複数の抗生物質に対して耐性を持つ,いわゆる多剤耐性菌の地域的な流行も見られる.

国内でも院内感染などの例が報告されている.

<速報>大阪市内大規模病院におけるカルバペネム耐性腸内細菌科細菌の長期間にわたる院内伝播

 

新たな耐性菌の出現を防ぐ上で,抗生物質の適正使用ガイドラインの整備などは重要であるが,すでに出現した耐性菌には新規抗生物質を用いることも考えなければならない.

こうした背景を踏まえ,新規抗生物質をいかに合理的に探索・産生するかは重要な課題となっており,その基盤となる抗生物質産生細菌の生理学的特徴の解明もまた,重要な研究課題とされる.

この論文は,現在上市される抗生物質過半数を産生するとされる放線菌,とりわけ Streptomyces 属菌の代謝的特徴を調べ,酵素学的特徴の異なるピルビン酸キナーゼが細胞中に存在することが,細菌の生存ならびに抗生物質生合成において有利であることを示唆している.

 

~追記~

Novartis の撤退を受けて書かれた Business Insider の記事が抗生物質に関する議論を分かりやすくまとめていて面白かった

 

www.businessinsider.com

 

 

結果

まず著者らは,80 属・612 種の放線菌についてバイオインフォマティクス解析を行い,それぞれの細菌が種々の代謝経路に関する酵素をどれくらい保持しているかを調べた.

その結果が Table 1 である.

調査したすべての放線菌の中で Streptomyces 属菌は解糖系に関する遺伝子を最も多く持っていることが示された.

これらの遺伝子の系統解析を行ったところ,ホスホフルクトキナーゼの 2 種 (pfkA2, pfkA3,既報) とピルビン酸キナーゼの 2 種 (pyk1, pyk2) のみが遺伝子重複 (gene duplication) によるものであり,その他は水平伝播により獲得したものであることが予想された.

 ピルビン酸キナーゼ遺伝子について,調査したすべての放線菌で系統解析を行った結果が Fig. 1B である.Pyk1 と Pyk2 は系統的に近しいが異なるものであることが分かる. 

ピルビン酸キナーゼは Streptomyces 属菌のほぼ全てが複数持つが,その他の細菌ではほとんどの場合 1 つしか観察されなかった.つまり,Streptomyces 属菌でのみ遺伝子重複が保存されやすいことが示唆された.

Pyk1 と Pyk 2 の機能が全く同じであれば,いずれかが無駄であるということになる.無駄があるというのはふつう生存に不利に働くため,Streptomyces 属菌のほとんどがこの二種を保持しているという事実は,これらが生理学的に異なる役割を担っており,その相違が生存に有利に働いているのだと解釈できる.

実際,Streptomyces coelicolorpyk1pyk2 をピルビン酸キナーゼ欠損大腸菌に導入したところ,pyk1 相補株は growth が回復しなかったが pyk2 相補株は growth が回復し,growth に与える影響 (生理的役割) が両者で異なることが示唆された (Fig.1C).

 

pyk1pyk2 が本質的に異なる役割を持っていることは上記の異種発現試験で示されたが,転写・翻訳やその後のタンパク修飾による酵素活性の詳細な制御は異種発現では確認が困難である.したがって S. coelicolor そのもののピルビン酸キナーゼ遺伝子を改変し,その表現型を見ることでそれぞれの遺伝子の機能を推測することになる.

その結果が Fig. 2 である. 

pyk1 または pyk2 の欠損株と野生株,およびそれらに pyk1, pyk2 を相補した株の表現型を示してある.

栄養豊富な培地では基本的に何の変化もなかったが,WT の pyk1 二倍体でのみ抗生物質産生量が増えた.

一方で,最小培地では pyk1 欠損により抗生物質産生が向上した. 

 

pyk1, pyk2 の発現変動を示したものが Fig. 3 である

 

 

雑感

二量化によって生じた isozyme が抗生物質産生に効いているというのは面白かった.

今月 Cell に酵母に対する遺伝子改変による脂肪酸発酵生産に関する論文が掲載されたが,その論文でもピルビン酸キナーゼの変異が脂肪酸合成経路への flux の増大に重要であることが示された.

ACT や coelimycin P1 はポリケタイド系抗生物質であるし,RED も一部は脂肪酸合成酵素により合成されるわけで,界をこえて代謝変動において重要な役割を担っていることが示されたわけである.

酵母脂肪酸発酵を行わないのは EtOH 産生を行うからであるが,これもピルビン酸に由来する化合物であり,かつ抗菌活性をしめす.